「神戸港」について
六甲山(六甲山系)の連なる山々から大阪湾に至る急峻な地形によって水深が急激に深くなる特徴から「天然の良港」として知られる日本を代表する国際貿易港である。港則法・関税法上は、大阪港・尼崎西宮芦屋港とあわせて阪神港と称される(港則法上は特定港に指定されている)。
その歴史は大輪田泊(おおわだのとまり)や兵庫津と呼ばれた兵庫港に始まり、かつての都であった奈良や京都と、日本国内の東西航路や大陸との交易の拠点として古代から栄えてきた。また、商業や工業が集積する大阪に近いこともあり、近代以降も国際貿易の拠点として規模を拡充した結果、1970年代には阪神工業地帯の輸出港としてコンテナの取扱個数が世界一になるなど世界有数の港として知られている。
日本の物流機能に対する役割を担うために、オーバーパナマックス船への対応をした国内初の大水深高規格コンテナバースの供用の開始や1980年以降に行われたポートアイランド(当時、世界最大の人工島)の建設やメリケンパーク、神戸ハーバーランドといった観光や商業施設の開発、沖合いに神戸空港を開港するなど、日本のウォーターフロント開発の先駆けとなるものも多く、各地に与えた影響は少なくない。
これらの開発と明治時代に外国人居留地として整備されたエキゾチックな市街地の雰囲気とをあわせ、観光地としても人気が高い地域となっている。
「神戸」は当時、開港場一帯の村の名前でしかなかったが、公文書には、開港直後の1868年(慶応4年、明治元年)には「神戸港」の名称がすでに現れている。やがて外国人の手によって居留地ができ始め、西洋文化の入り口として発展して「神戸」の名が著名になっていった。1872年(明治5年)、和田岬に和田岬灯台が設置されて1892年(明治25年)に勅令により、旧生田川(現フラワーロード)河口から和田岬までの全体が「神戸港」となる。
政府の富国強兵策による近代化で工業が貿易と共に興り、しだいに大阪と共に阪神工業地帯を形成していく。日清戦争後には香港・上海を凌ぐ東洋最大の港となって商社「鈴木商店」などに代表される海運業が隆盛、ロンドン・ニューヨーク・ハンブルクと並ぶ世界四大海運市場として世界に名を知られるようになっていった。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
とてもきれいなんですよね。一度でいいから行ってみたいです。
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